俳優として確固たる地位を築いている阿部寛さん。『TRICK』や『下町ロケット』、『ドラゴン桜』など数々のヒット作で主演を務め、今や日本を代表する演技派俳優として知られています。しかし、その華やかなキャリアの背景には、意外な学歴と波乱に満ちた青春時代がありました。
モデル出身のイケメン俳優というイメージが強い阿部さんですが、実は理系大学を卒業した異色の経歴の持ち主です。しかも、そこに至るまでには1年間の浪人生活や、進学校とは言えない高校からの猛勉強など、努力に次ぐ努力の日々がありました。
この記事では、阿部寛さんの出身校や偏差値、そして各時代のエピソードを詳しく紹介します。学生時代の阿部さんがどのような人物だったのか、そして現在の俳優としての成功にどうつながったのかを、時系列で丁寧に追っていきます。
阿部寛さんの学歴まとめ
朝から阿部寛でカッコ良すぎ
なんでこんなかっこいいの〜♡中身も素晴らしいからだよね
手術してくれた先生が阿部寛すぎてもうたまらなかった♡だから入院も乙ゲー並みに楽しくて退院したくないくらいになったのは間違いない♡
カーテンに入ってきてくれて
心配しにきてくれて禿げ萌え
やばかった♡ pic.twitter.com/c1WGxRcBCt— いっちょやってみっかぁ♥️ (@yvHHqeKbNX32140) September 30, 2025
まず、阿部寛さんの学歴を一覧で確認しておきましょう。
- 出身小学校:横浜市立三ツ沢小学校
- 出身中学校:横浜市立松本中学校
- 出身高校:神奈川県立白山高校(偏差値42〜45程度)
- 出身大学:中央大学 理工学部 電気工学科(偏差値55)
注目すべきは、偏差値42〜45程度の高校から1年間の浪人を経て、中堅上位の中央大学理工学部に進学している点です。この学歴から見えてくるのは、阿部さんの並外れた努力と、目標に向かって突き進む強い意志です。
小学校時代から見せていた負けず嫌いな性格
前田大輔くんの幼少期の写真が見たすぎて、阿部寛さんの幼少期を探してしまった😂 pic.twitter.com/Do4NKz5Flt
— 🌚エリザベス🏷️ (@Atsu22515368084) February 19, 2025
阿部寛さんは1964年6月22日、神奈川県横浜市で生まれました。両親と兄、姉の5人家族で、3人きょうだいの末っ子として育っています。出身小学校は横浜市立三ツ沢小学校です。
小学生時代の阿部さんは、非常に活発でわんぱくな少年でした。本人も語っているように、「目立ちたがり屋で、なんでも一番じゃないと気が済まない」性格だったといいます。
負けず嫌いの性格
特に運動神経が良く、かけっこでは常に一番を取っていました。しかし小学5年生の時、ものすごく足の速いライバルが現れます。そのライバルにだけはどうしても勝てず、阿部さんは当時、そのことが悔しくて仕方がなかったそうです。この負けず嫌いな性格は、後の俳優人生でも大きな原動力となります。
この頃から水泳も始めており、運動に熱心な少年時代を過ごしていました。末っ子として家族に可愛がられながらも、何事にも一生懸命取り組む姿勢は、この時期から育まれていたのでしょう。
中学時代に発見した意外な才能

横浜市立松本中学校に進学した阿部さんは、陸上部に所属して部活動に打ち込む日々を送ります。水泳も並行して続けており、スポーツ漬けの中学生活でした。
ここで興味深いエピソードがあります。中学2年生の時、小学校時代にかけっこで勝てなかったライバルが生徒会長選挙に立候補しました。そのライバルが、なぜか阿部さんに応援演説を依頼してきたのです。
才能開花
「どうして俺に?」と疑問に思いながらも引き受けた阿部さん。すると、その応援演説が全校生徒に大ウケし、拍手喝采を浴びました。もちろん、ライバルは見事当選。しかし阿部さん本人は、なぜあの演説がウケたのか、今でも謎だと語っています。
この出来事は、阿部さんが持つ「人前で表現する才能」の片鱗を示していたのかもしれません。後に俳優として成功する素質が、この時期から芽生えていたと考えることもできます。
高校時代の部活漬けの日々と身長の急成長

1980年4月、阿部寛さんは神奈川県立白山高校に進学します。この高校は1976年開校の比較的新しい県立校で、当時の偏差値は42〜45程度。決して進学校とは言えない学校でした。
高校でも陸上部に所属した阿部さんは、短距離走200mの選手として部活漬けの毎日を送ります。この時期、阿部さんの身体には大きな変化が訪れていました。それは身長の急激な伸びです。
身長が伸び続けた
高校時代、阿部さんは1年間で約5cmというペースで身長が伸び続けました。185cmくらいになった時点で、「もう止まってくれ」と思ったというエピソードが残っています。最終的に189cm(一説には190cm)という高身長になった阿部さんですが、兄や姉との身長差はほとんどなく、阿部さんだけが突出して高くなったそうです。
また、高校時代にはテレビドラマをよく見ており、特に『ふぞろいの林檎たち』を見て俳優という職業に興味を持ち始めました。その時、根拠のない自信から「自分でもできるんじゃないか」と思ったと後に語っています。この漠然とした憧れが、後の人生を大きく変えることになります。
浪人時代の猛勉強と理系大学への挑戦

高校3年生になり、阿部さんは進路選択を迫られます。白山高校は当時、大学進学率がそれほど高くない学校でした。しかし阿部さんは、ここで一念発起します。大学進学を目指し、猛勉強を開始したのです。
結果として、現役での合格は叶いませんでした。阿部さんは1年間の浪人生活を選択します。この浪人時代について、阿部さん自身は多くを語っていませんが、偏差値42〜45程度の高校から中央大学理工学部(偏差値55)に合格するには、相当な努力が必要だったはずです。
なぜ理系を選んだのか
なぜ理系の道を選んだのか。それは、父親の影響が大きかったと推測されます。阿部さんの父親はコマツ(小松製作所)の社員で、エンジニアなど理系の仕事に従事していたという情報があります。父親と同じ道を目指したいという思いがあったのかもしれません。
浪人時代の努力が実を結び、1983年4月、阿部寛さんは中央大学理工学部電気工学科に入学します。偏差値的には10ポイント以上の飛躍であり、この合格は阿部さんの努力の賜物でした。
中央大学時代に訪れた人生の転機

中央大学理工学部で電気工学を専攻した阿部さん。しかし、理工学部は女子学生が少ないため、阿部さんは「女子目当て」という軽いノリでテニスサークルに所属していたといいます。真面目に勉強する一方で、大学生らしい楽しみも忘れない、バランスの取れた学生生活を送っていたようです。
そんな大学生活に、突然の転機が訪れます。1983年、大学1年生の時、姉の勧めで集英社「第3回ノンノボーイフレンド大賞」に応募したのです。応募の動機は、優勝賞品の車が欲しいという不純なものでした。しかし、結果は見事優勝。この出来事が、阿部さんの人生を大きく変えることになります。
モデルデビュー
阿部寛さんが36年ぶりにメンズノンノに帰ってくる!?
86年6月、阿部寛さん表紙のメンズノンノ創刊号、持ってた!
ウトウトしてたのに、目が覚めてきた🤩 pic.twitter.com/rYOZQUeVYk— ガジュ (@kooyoshi2) December 3, 2025
優勝後、阿部さんはモデルとしてデビューし、『ノンノ』『メンズノンノ』でカリスマモデルとして活躍します。風間トオルさんとともに、雑誌の看板モデルとして人気を博しました。
大学4年生だった1987年には、映画『はいからさんが通る』で南野陽子さんの相手役として俳優デビュー。当時、阿部さんは大学卒業後の就職活動もしており、俳優業はあくまで選択肢の一つという位置づけでした。
歌手デビュー
撮影現場では、演技経験がまったくなかったため、クランクインの時には頭が真っ白になったそうです。翌年には歌手デビューも果たし、アイドル的な人気を誇るようになります。
しかし阿部さんは、仕事と学業をしっかり両立させ、1987年3月に中央大学をきちんと卒業しています。この「最後までやり遂げる」姿勢は、浪人時代から培われた阿部さんの強みだったのでしょう。
学歴と俳優業の意外な関係性

中央大学理工学部という学歴は、一見すると俳優業とは無関係に思えます。しかし、阿部寛さんのキャリアを振り返ると、この学歴が大きな意味を持っていたことがわかります。
大学卒業後、阿部さんは人気が急降下し、不遇の時代を過ごします。一時はパチンコで生計を立てていたというエピソードもあり、週刊誌の「あの人は今」企画にたびたび取り上げられるほどでした。
しかし、浪人時代に培った「諦めない精神」と、理系大学で学んだ「論理的思考力」が、ここで活きてきます。阿部さんは厳しい演技指導で知られる演出家・つかこうへい氏の門を叩き、必死に努力を重ねました。理系の学問で培った「問題解決能力」や「粘り強さ」が、演技の研鑽にも生かされたのでしょう。
ヒット作に出演
『テルマエ・ロマエ』やってたね….
もう何度も観てるけど、また観ちゃった😁実は阿部寛の大ファンなの…..もう40年くらい前….ファッション雑誌のモデルの頃から😆👍 pic.twitter.com/nhQxUWC9GD— hagiwarider (@UoGG8sASdTHsXkq) November 22, 2025
2000年、36歳の時に出演したドラマ『TRICK』で見事再ブレイク。以降、『ドラゴン桜』(2005年)、映画『テルマエ・ロマエ』(2012年)、『下町ロケット』(2015年、2018年)など、数々のヒット作で主演を務める人気俳優になります。
特に『下町ロケット』では、中小企業の技術者たちを率いる社長役を演じましたが、理系出身という背景が役柄にリアリティを与えたとも言えるでしょう。
まとめ:努力と諦めない心が生んだ成功
「男性から『好きな男性芸能人は?』と聞かれても答えに困る」との女性の意見を目にするが、迷ったら阿部寛と言え。阿部寛は嫌味のない正統派イケメンで男性ウケ抜群。因みに私は中学生時代に初めて阿部寛様を拝見し、それ以降ガチで「好きなタイプは阿部寛」と言い続けてる。なお、今の旦那は右画像。 pic.twitter.com/5z7Ibzrxd4
— シマヅ (@Shimazqe) January 16, 2026
阿部寛さんの学歴を振り返ると、そこには一貫した「努力する姿勢」と「諦めない心」が見えてきます。
進学校ではない高校から1年間の浪人を経て中央大学理工学部に合格したこと、大学では仕事と学業を両立させて卒業したこと、そして不遇の時代を乗り越えて俳優として再ブレイクしたこと。これらすべてに共通するのは、困難に直面しても諦めずに努力を重ねる姿勢です。
小学生時代から見せていた「負けず嫌い」な性格は、大人になっても変わることなく、むしろ阿部さんの最大の武器となりました。理系大学で学んだ論理的思考力や問題解決能力も、俳優業において大きなアドバンテージとなったはずです。
現在も第一線で活躍を続ける阿部寛さん。その成功の背景には、決して順風満帆ではなかった学生時代の経験と、そこで培われた努力する力がありました。謙虚で努力家、そして苦労人だからこそ持てる深みのある演技で、今後もさらなる飛躍が期待されます。

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