綾野剛の高校は岐阜で偏差値は?高校・中学時代は陸上部でモテモテ?

コウノドリ(TBS)」シリーズで有名な綾野剛。

同作品で綾野剛は、天才ピアニスト謙医師という異色の役を演じ切りました。

天才ピアニストということでピアノを弾くシーンも多く、綾野剛のピアノ姿にうっとりしてしまう視聴者も多かったのです。

多くの役者が、そういう専門的な部分では代役を用いるかと思うのですが、綾野剛はピアノ初心者だったにも関わらず、その偉業を成し遂げたのです。

それには、ピアニストで綾野剛のピアノ指導を担当した清塚信也も驚きを露わにしており、
綾野剛のその意気込みをラジオ番組で絶賛したこともありました。

そんな努力家の綾野剛ですが、小中高校とどんな学生だったのでしょうか。

ピアノ初心者だったにも関わらず、猛練習の末にピアノが弾けるようになったように、学生時代に何か熱中していたことはあるのでしょうか。

高校の偏差値も併せて見て行きましょう。

綾野剛の高校は岐阜?偏差値は?

綾野剛の出身地は、岐阜県岐阜市だと公表されており、出身高校は岐阜県関市立関商工高等学校です。

同校の2020年現在の偏差値は45~46で、偏差値だけで言うとレベルは低いです。

関商工高校は、ラグビーの強豪校として知られています。

同高校には、綾野剛の1つ下の学年にグラビアアイドル・熊田曜子が在籍していて、綾野剛と熊田曜子は学年こそ違えど、顔見知りという存在でした。

熊田曜子は以前、「剛先輩はかっこよくて学校のスーパースターでした。雲の上の存在だった」とインタビューで明かしています。

後輩にまでこう思わせてしまうのですから、当時の綾野剛はかなりのスーパースターだったに違いありませんね。

余談ですが、熊田曜子は2016年11月8日に放送された「解決!ナイナイアンサー(日本テレビ)」で高校時代のあだ名が「ブタゴリラ」だったことを明かしました。

イジメに合っていたというわけではなく、ただ単に太っていたのでこのあだ名が付けられています。

高校時代の熊田曜子は、テニス部に入っていたので運動はしっかり行っていたのですが、1日5食という食生活が祟って太っていました。

「ブタゴリラ」とクラスの男子にからかわれたことで、「剛先輩に見られたくないから自分もちゃんとしなきゃと思った」と綾野剛のためにダイエットを決意したと明かしたのです。

当時の熊田曜子は、綾野剛のことが好きだった可能性もありますね。

綾野剛の高校時代は陸上部

綾野剛は高校で陸上部に所属し、800mの選手として活躍をしていました。

800mで出場した岐阜県大会では、準優勝を果たしています。

当時の800mのタイムは、1分57秒71です。

これはインターハイレベルの記録だということで、綾野剛がどれだけ運動神経が良いかがお分かり頂けるでしょう。

綾野剛は800mだけではなく、駅伝メンバーとしても活躍をしていました。

このような高水準の選手であれば大学にもスポーツ推薦で通えたと思いますし、実際に綾野剛は、陸上の強豪校に進学して箱根駅伝に出場するという夢がありました。

しかし、、中学時代に父親の経営していた衣類系の会社が倒産し、綾野剛が高校2年生のときに自宅も手放すことになってしまったのです。

これにより両親が離婚して、綾野剛は母親に引き取られました。

母子家庭になったことで経済的に厳しくなり、大学進学どころか、陸上部も高校2年生のときに引退をしています。

綾野剛の、「駅伝の強豪校に進学して、箱根駅伝に出場する」という夢は、叶うことなく終わってしまったのです。

しかし、芸能界で活躍していることによって、箱根駅伝以上の感動を味わうことに成功したのです。
それは、綾野剛が「櫻井・有吉THE夜会(TBS)」にゲストとして出演した際、東洋大学の「山の神」と呼ばれた柏原竜二と対面をしたことです。

柏原竜二は、箱根駅伝の往路5区に4年連続で出場し、4年連続で区間賞を受賞、区間記録を3度も更新したことで知られています。

陸上経験者、箱根駅伝ファンのみならず、柏原竜二の活躍を知るすべての人が一度は「すごい」と感動を覚えた人物ではないでしょうか。

綾野剛は同番組で、そんな憧れの人物と会えた喜びで涙を流していました。

それだけ陸上に人生を捧げていて、箱根駅伝という大舞台で勝負がしたかったということでしょう。

綾野剛は、2008年に公開された映画「奈緒子」に出演しています。

同映画は、駅伝をテーマにした作品なのですが、綾野剛は学生時代の陸上の経験を生かして、完璧なランニングフォームで役を演じ切ったのです。

俳優として活躍することで、夢であった駅伝に出場できて、箱根駅伝で大活躍を見せた柏原竜二と対面できたのですから、喜びはひとしおだったでしょうね。

綾野剛の中学校時代も陸上部

綾野剛の出身中学校は、岐阜県岐阜市立藍川北中学校です。

綾野剛は中学時代も陸上部員として活躍しており、800mリレーの選手として活躍をしていました。

800mリレーの岐阜県大会で優勝した実力の持ち主です。

中学時代は生徒会や応援団に入り、目立つ行動が好きだったと明かしています。

しかし、中学時代の同級生が受けたインタビューによると、たしかに目立つことは好きだったけれど、恋愛面はまったくダメだったというのです。

とにかく男子とつるんでいたということでしょうか。

モテそうなのに実際モテていない、クラスのムードメーカー的存在の男子っていますよね。

綾野剛はきっとそういう存在だったのでしょう。

とにかく明るかった中学時代の綾野剛ですが、卒業文集には「地獄を愛する覚悟はあるか?」と書いています。

このフレーズは、ナイキのCMで使用されていたものなのですが、そのCMを知らない人にとっては、「何?どうしたの?」という感じですよね。

ちなみに、同じ高校を卒業している熊田曜子もまた、藍川北中学校の卒業生です。

綾野剛は小学校はどこ?

綾野剛の出身小学校は、岐阜県岐阜市立藍川小学校です。

父親が衣料品の卸売り業を、母親もスナックを経営していました。

したがって幼稚園の頃から託児所に預けられている少年でした。

小学校に上がってもその環境は変わらず、近所の友人宅に夜まで預かってもらったり、1人で両親の帰宅を待っているような少年時代でした。

両親が映画好きだったので、自宅には様々な種類の映画があり、映画を見ながら両親の帰宅を待っていた日々もあるのだとか。

綾野剛(幻冬舎)』によると、「一軒家なのに誰もいないような家庭だったから、常に押し入れに入ってました」と明かしています。

さらに「押し入れの中に自分の貯金箱とか好きなものとか写真とかを手の届く範囲で置いていたんです」と当時を振り返りました。

両親が働いているから仕方ないとはいえ、寂しい思いをしていたのですね。

この幼少期があったからこそ、綾野剛が時頼見せる儚げな演技が成功しているのかもしれませんね。

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