松島聡は大学に進学していない!受験失敗の真相と学歴を詳しく解説

timelesz(旧Sexy Zone)のメンバーとして活躍する松島聡さんは、高校卒業後に大学へは進学していません。実は大学受験に挑戦していたものの、残念ながら不合格となり、その後は芸能活動に専念する道を選びました。

本記事では、松島さんの大学受験の経緯や学歴、学生時代のエピソードについて詳しくご紹介します。

松島聡は大学に進学していない-受験失敗の真相

松島聡は大学に進学していない!受験失敗の真相と学歴を詳しく解説

松島聡さんは2016年3月に日本航空高校通信制課程を卒業後、大学へは進学せず芸能活動に専念しています。高校3年生の時点では大学進学を真剣に検討していましたが、受験の結果不合格となり、最終的にはアイドル活動に力を注ぐ決断をしました。

大学受験を決意した経緯

松島さんが大学受験を決意したのは、高校3年生の秋頃でした。2015年12月号の雑誌「Wink Up」のインタビューで、松島さん自身が大学受験について語っています。「今日、大学の入学願書の締切日で、さっき郵便局に行って出してきたよ。昨日の夜、徹夜して願書を書いたよ」と、願書提出の様子を明かしていました。

当時の松島さんは「もしも大学に入ったら、社会のこととか心理学を勉強したいなって思ってるんだ。どうして自分のことを好きになってくれたのかとか、そんなファンの人たちの心理も勉強してみたくて。ファン心がわかっているアイドル、そんな人になれたらいいな」と、ファンの心理を学びたいという明確な目標を持っていました。この発言からは、アイドルとしてより成長したいという真摯な姿勢が伝わってきます。

高校3年生という多忙な時期に受験勉強と芸能活動を両立させるのは容易ではありませんでしたが、松島さんは既に大学に進学していた同グループの中島健人さんや菊池風磨さんに勉強のコツや心構えを聞きながら、準備を進めていました。

受験した大学と学部について

松島聡は大学に進学していない!受験失敗の真相と学歴を詳しく解説

松島さんが実際にどの大学を受験したのかについては、本人から公式な発表はありません。ただし、当時の状況からいくつかの可能性が指摘されています。

インターネット上やSNSでは、慶應義塾大学のAO入試を受験したという情報が多く見られました。これは、同じSexy Zoneのメンバーである菊池風磨さんが慶應義塾大学総合政策学部に在籍していたことから、先輩と同じ大学を目指したのではないかという推測に基づくものです。松島さんが願書について語ったのが10月初旬だったこと、論文対策をしていたことなどから、AO入試や推薦入試を利用した可能性は高いと考えられます。

映像関係の学部

一方、後のインタビューで松島さん自身が「映像関係の大学の学部を受験した」と明かしています。この証言から、当時ジャニーズのタレントたちが多く進学していた城西国際大学のメディア学部(偏差値40程度)を受験した可能性も指摘されています。映像やメディアについて学びたいという希望は、アイドルとしての活動に直接活かせる知識を得たいという考えから来ていたのでしょう。

不合格後の決断と芸能活動への専念

大学受験から約2か月後の2016年2月、松島さんは雑誌のインタビューで高校卒業後は大学に進学せず、仕事に専念することを表明しました。この発言の変化から、受験が不合格に終わったことが明らかになりました。

受験に失敗したことは松島さんにとって大きなショックだったはずですが、彼はその経験を無駄にすることなく、芸能活動に全力を注ぐ決意を固めました。

俳優活動を開始

実際、大学進学を断念した後の松島さんの活躍は目覚ましく、2017年にはテレビドラマ「世にも奇妙な物語」で俳優デビューを果たし、活動の幅を広げていきました。

この決断について、松島さん自身が後に「受験勉強を通して、自分が本当にやりたいことを見つめ直す機会になった」と振り返っています。不合格という結果は残念でしたが、それによってアイドルとしての道を極めるという決意がより強固なものになったと言えるでしょう。

松島聡の学歴-出身校と学生時代

松島聡は大学に進学していない!受験失敗の真相と学歴を詳しく解説

松島聡さんの学歴を時系列で見ていくと、静岡県島田市の公立校で義務教育を受けた後、東京の通信制高校に進学しています。中学1年生でジャニーズ事務所に入所し、わずか8か月後にデビューという異例のスピード出世を遂げた松島さんですが、学業もしっかりと両立させてきました。

出身高校は日本航空高校通信制課程

松島さんは2013年4月に日本航空高校通信制課程(ウィングハイスクール)に入学し、2016年3月に卒業しています。本校は山梨県甲斐市にありますが、松島さんは東京都目黒区にあるサテライト校に通学していました。

この高校は全国どこからでも入学できる通信制の学校で、芸能活動との両立がしやすいことから多くの芸能人が卒業しています。嵐の相葉雅紀さんもこの高校の通信制課程の卒業生として知られています。

当初、松島さんは同じSexy Zoneのメンバーである佐藤勝利さんが在籍していた堀越高校への進学を希望していたとされています。しかし最終的には日本航空高校を選択しました。この背景には、父親が堀越高校への進学を反対したという説や、受験に失敗したという説など諸説ありますが、真相は明らかになっていません。ただし、堀越高校のトレイトコースは不合格になるケースが少ないことから、父親の意向が大きく影響した可能性が高いと考えられています。

高校生時代はヤンチャ?

高校時代の松島さんは、外見とは裏腹にやんちゃな一面もあったようです。佐藤勝利さんによると「みんな『松島って絶対学生時代はマジメだったよね』って思ってると思うけど、ぶっちゃけめっちゃ目立ってたって話をしたい。いきすぎたことはしてないけど、なんなら制服を腰パンにしたり、上靴のかかとを踏んでた時代もあったからね」とのこと。真面目なイメージとは異なる高校生らしい一面を見せていたようです。

出身中学校は島田市立金谷中学校

松島さんは2010年4月に地元静岡県の島田市立金谷中学校に入学し、2013年3月に卒業しています。中学1年生だった2011年2月にジャニーズ事務所に入所し、同年9月にはSexy Zoneのメンバーとしてデビューを果たしました。

中学時代の松島さんは、ジャニーズ事務所に入所後も地元の中学校に通い続けました。父親の「中学生のうちは地元から通うように」という方針があったためです。そのため松島さんは、学校とレッスンを両立させるため、静岡から東京まで片道約2時間半かけて新幹線で通う日々を送っていました。

過酷な学園生活

この通学は想像以上に過酷なものでした。松島さん自身が後に語ったところによると、「席が埋まっちゃうと。僕、トイレの中でお弁当食べたんですよ。席がいっぱいだから。ラッシュとかになっちゃうと、座れないから。通路にしゃがんでお弁当食べたりとか」という状況もあったそうです。中学生でありながら、アイドルとして活躍するために並外れた努力を重ねていたことがわかります。

中学時代の松島さんは学校でも人気者で、クラスのムードメーカー的な存在でした。卒業式の写真では女子生徒に囲まれて笑顔を見せる姿が確認でき、気さくで親しみやすい性格だったことが伺えます。得意科目は美術で、数学と英語が苦手だったとのことです。

小学校時代とジャニーズへの憧れ

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松島さんは2004年4月に島田市立金谷小学校に入学し、2010年3月に卒業しています。静岡県島田市金谷地区で生まれ育った松島さんにとって、地元の小学校での思い出は特別なものだったようです。

松島さんの家族構成は、父親と8歳年上の姉との3人家族です。母親は松島さんが幼稚園の頃に病気で亡くなっており、以降は建設会社を経営する父親の男手ひとつで育てられました。そのため家族の絆は非常に強く、特に姉との関係は深いものがあります。

小5で履歴書を送る

小学校5年生の時、松島さんは初めてジャニーズ事務所に履歴書を送っています。この時は姉が履歴書の作成を手伝ってくれましたが、残念ながら返事は来ませんでした。しかし松島さんはアイドルになる夢を諦めず、中学1年生の時に再度チャレンジし、見事合格を果たしました。2度目の応募では、ジャニーズへの熱い思いやアイドルへの憧れを綴った手紙も同封したそうで、その熱意がジャニー喜多川さんの心を動かしたのでしょう。

小学校入学時には、父親が「一人で留守番しても寂しくないように」とマルチーズの「ムク」を家族に迎えました。ムクは松島さんにとって兄弟のような存在となり、2016年6月に持病で亡くなるまで大切な家族でした。現在はフレンチブルドッグの「ビスケット」を飼っており、テレビや雑誌で溺愛する姿を見せています。

学業と芸能活動の両立に苦労した日々

松島聡は大学に進学していない!受験失敗の真相と学歴を詳しく解説

松島聡さんの学生時代は、一般的な学生生活とは大きく異なるものでした。中学1年生でジャニーズ事務所に入所してからわずか8か月後にデビューという異例の早さで、トップアイドルグループのメンバーとなった松島さん。華やかな表舞台の裏では、学業と芸能活動の両立に悪戦苦闘する日々がありました。

中学時代は静岡から新幹線通学

ジャニーズ事務所に入所した中学1年生の頃から、松島さんの生活は一変しました。レッスンや仕事のため、静岡の実家から東京まで新幹線で通う日々が始まったのです。片道約2時間半という長距離移動を、当時まだ13歳だった松島さんは一人でこなしていました。

新幹線の中での時間の使い方も工夫が必要でした。着替えや食事、さらには学校の宿題まで、移動時間を有効活用しなければなりません。しかし混雑した車内では座席を確保できないことも多く、トイレで着替えたり、通路にしゃがんでお弁当を食べたりすることもあったそうです。

この過酷な生活について、松島さんは後に「本当に大変だった」と振り返っていますが、同時に「それでもアイドルになりたいという夢があったから頑張れた」とも語っています。

父親との約束

父親からの「中学生のうちは地元から通うように」という方針を守りながら、デビューという大きな目標に向かって努力を続けた松島さんの姿勢には、強い意志が感じられます。

また、この時期に松島さんを支えたのは家族の存在でした。特に8歳年上の姉は、朝早く家を出る松島さんのためにお弁当を作ってくれたり、帰宅が遅くなった時には駅まで迎えに来てくれたりと、献身的にサポートしてくれたそうです。父親も仕事で忙しい中、松島さんの体調管理には常に気を配っていました。

高校進学と上京のタイミング

高校1年生の夏、松島さんは大きな決断をします。それまで静岡の実家から通っていた生活を改め、東京で姉と同居を始めたのです。この上京によって、松島さんの芸能活動は本格的にスタートしました。

上京の理由は、やはり仕事の効率化にありました。中学時代は新幹線での長距離通学によって多くの時間を移動に費やしていましたが、東京に住むことでその時間をレッスンや休息に充てることができるようになりました。また、急な仕事や夜遅くまでの撮影にも対応しやすくなるという利点もありました。

姉と東京生活

東京での生活は姉との2人暮らしでスタートしました。姉は松島さんより8歳年上で、すでに社会人として働いていました。幼い頃から松島さんの面倒を見てきた姉にとって、弟の夢を支えることは自然なことだったのでしょう。姉は食事の準備や生活面でのサポートをしながら、松島さんが芸能活動に集中できる環境を整えてくれました。

高校時代の松島さんは、通信制という学習スタイルを活かして、仕事と学業のバランスを取っていきました。登校日は限られていましたが、自宅学習やレポート提出などをきちんとこなし、無事に高校を卒業しています。この時期の経験が、後の大学受験を検討するきっかけにもなったと考えられます。

デビューから受験までの多忙な日々

Sexy Zoneとしてデビューした2011年から、高校卒業の2016年まで、松島さんの活躍は目覚ましいものがありました。グループとしてのCDリリースやコンサートツアーはもちろん、バラエティ番組への出演、雑誌の取材など、仕事は増える一方でした。

高校2年生だった2014年5月には、ジャニーズJr.の松倉海斗さんと松田元太さんとともにユニット「Sexy 松」を結成しています。このユニットは、Sexy Zoneの弟分的な位置づけで、3人とも「松」の字がつくメンバーで構成されていました。真面目で一生懸命、飾らないキャラクターが好評で、ファンからも愛されるユニットとなりました。

活動形態の変化と受験失敗

一方で、この時期のSexy Zoneはメンバー間での活動形態に変化がありました。7枚目のシングル以降、中島健人さん・菊池風磨さん・佐藤勝利さんの3人体制でのリリースが続き、松島さんはSexy 松での活動が主体となっていました。この期間について松島さんは後に「とてもきつかった」と率直に語っています。グループ内での立ち位置や、将来への不安など、若くして多くのプレッシャーを感じていたことが伺えます。

そんな多忙で複雑な状況の中、高校3年生になった松島さんは大学受験を決意します。芸能活動を続けながらの受験勉強は想像を絶する大変さだったはずです。仕事の合間を縫って参考書を開き、移動中の車内で勉強する姿も目撃されていました。既に大学生だった中島健人さんや菊池風磨さんにアドバイスを求めながら、なんとか願書を提出するところまでこぎつけました。

しかし結果は不合格。この経験は松島さんにとって大きな挫折となりましたが、同時に「自分が本当にやりたいことは何か」を見つめ直すきっかけにもなりました。受験に失敗したことで、逆にアイドルとしての道を極めるという決意が固まったとも言えるでしょう。

大学受験失敗後のキャリアと現在

大学進学を断念し、芸能活動に専念することを決めた松島聡さん。その後の活躍は、この決断が正しかったことを証明するものでした。アイドルとしてだけでなく、俳優としても活動の幅を広げ、timelesz(旧Sexy Zone)の重要なメンバーとして成長を続けています。

俳優デビューと活躍の広がり

高校卒業後、松島さんは芸能活動に本格的に力を注ぎ始めました。2017年には転機となる出来事がありました。テレビドラマ「世にも奇妙な物語」で俳優デビューを果たしたのです。これまでアイドルとしての活動が中心だった松島さんにとって、演技という新しい分野への挑戦は大きな意味を持っていました。

俳優としての松島さんは、持ち前の真面目さと努力家な性格を活かして、着実に演技力を磨いていきました。アイドル活動で培った表現力やファンとのコミュニケーション能力が、演技の面でも活かされているようです。デビュー作での好演が評価され、その後も様々な作品でのオファーが増えていきました。

2018年には、Sexy Zoneのメンバーとして24時間テレビのメインパーソナリティーも務めています。グループとしても個人としても、活動の場は着実に広がっていきました。大学に進学していたら得られなかったであろう貴重な経験を、松島さんは次々と積み重ねていったのです。

パニック障害の療養と復帰

順風満帆に見えた松島さんのキャリアでしたが、2018年11月28日、20歳の誕生日の翌日に衝撃的なニュースが発表されました。突発性パニック障害を発症し、療養のため芸能活動を休止するというものでした。

突発性パニック障害は、突然の動悸や呼吸困難、めまいなどの症状が起こる疾患です。精神的なストレスが原因となることが多く、松島さんの場合も、中学時代からの長年にわたる多忙な生活や、グループ内での立ち位置への悩みなどが積み重なっていたのかもしれません。大学受験の失敗も、精神的な負担の一つだった可能性があります。

活動再開

活動休止のニュースに、ファンをはじめ多くの人が心配しましたが、松島さんは約1年9か月の療養期間を経て、2020年8月に芸能活動を再開しました。復帰を発表したのは、ファンクラブサイトでのメッセージでした。そして同年9月12日に放送された『THE MUSIC DAY』で、約1年9か月ぶりにメンバー5人揃ってのパフォーマンスを披露し、多くのファンを喜ばせました。

復帰後の松島さんは、以前と変わらない柔らかい笑顔とキレのあるダンスを見せています。療養期間中に心身ともにリフレッシュし、改めてアイドルとしての活動に向き合う決意を固めたようです。パニック障害という病気と向き合いながら、自分のペースで活動を続ける姿は、多くの人に勇気を与えています。

timelesz改名後の活動

2024年、Sexy Zoneは新たなスタートを切りました。グループ名を「timelesz」(タイムレス)に改め、メンバー構成も変更となったのです。中島健人さんと菊池風磨さんが脱退し、佐藤勝利さん、松島聡さん、マリウス葉さんの3人体制となりました。

この改名と新体制への移行は、松島さんにとっても大きな転機となりました。中学1年生からともに活動してきた仲間との別れは寂しいものでしたが、同時に新しいtimeleyszとしての可能性も広がりました。3人体制になったことで、一人ひとりの役割や責任も大きくなり、松島さんのさらなる成長が期待されています。

改名後の活動の場

松島聡は大学に進学していない!受験失敗の真相と学歴を詳しく解説

timelesz改名後の松島さんは、これまで以上に精力的に活動しています。グループとしての音楽活動はもちろん、個人としてもバラエティ番組への出演や舞台への挑戦など、多方面で活躍の場を広げています。20代後半となった現在、アイドルとしてだけでなく、一人のエンターテイナーとしての存在感を増しています。

大学に進学していれば得られたであろう学びとは異なる形で、松島さんは芸能界という実践の場で多くのことを学び、成長してきました。受験失敗という挫折を経験しながらも、それを乗り越えて今の地位を築いた松島さんの姿は、学歴だけが人生の成功を決めるわけではないことを示しています。

まとめ

松島聡は大学に進学していない!受験失敗の真相と学歴を詳しく解説

松島聡さんは大学には進学しておらず、高校卒業後は芸能活動に専念する道を選びました。高校3年生の時に映像関係の大学学部を受験したものの不合格となり、その後はアイドルとしてのキャリアを追求することを決断しています。

松島さんの学歴は、島田市立金谷小学校、島田市立金谷中学校を経て、日本航空高校通信制課程を卒業という経歴です。中学1年生でジャニーズ事務所に入所してからわずか8か月でSexy Zoneのメンバーとしてデビューし、学業と芸能活動の両立に奮闘してきました。

大学受験の失敗は松島さんにとって大きな挫折でしたが、その経験が逆に芸能活動への決意を固めるきっかけとなりました。その後、俳優デビューを果たし、活動の幅を広げていった矢先にパニック障害を発症しましたが、約1年9か月の療養を経て見事に復帰を果たしています。

現在はtimeleszszとして新たなスタートを切り、3人体制でのグループ活動に加えて、個人としても様々な分野で挑戦を続けています。大学での学びとは異なる形で、芸能界という実践の場で成長を続ける松島さんの今後の活躍から、ますます目が離せません。

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